ヨーガ・スートラ第2章34節|行為の動機と結果への注意

この記事の内容について

このブログでは、ヨーガ哲学の古典『ヨーガ・スートラ』を、一節ずつ丁寧に読み解きながら解説しています。
原典の考え方を大切にしつつ、現代の心のあり方や日常生活と照らし合わせ、その意味を考察しています。

ヨーガをポーズだけでなく、心の仕組みや生き方の智慧として理解することを目的に綴っています。
今回の記事も、その流れの中の一節についての考察です。

ヨーガ・スートラ第2章34節

『暴力などの疑念はすでに自分が為したものと、他人をして為さしめたものと、そそのかされてしたものとがあり、貪、怒、痴のいずれかに由来するものとがあり、軽・中・激なものとがあるが、苦と無智とを際限なくもたらす、それゆえに対抗する手段を念想し続けねばならない』

解説

第2章34節では、前の節で示された「否定的な思いが生じたときは反対の思いを育てる」という教えを、さらに深く説明しています。

ここでは、暴力や不誠実さ、奪う心などの否定的な行為や思いは、自分で行うだけでなく、人にさせることや、心の中で肯定することも含まれると説かれています。また、それらは欲望や怒り、無知から生まれ、その強さも弱いものから強いものまでさまざまであると示されています。そして、どのような形であっても、最終的には苦しみと混乱をもたらす原因になると伝えています。

つまり、行為だけでなく「思い」や「態度」の段階から注意することが大切だということです。外に表れなくても、心の中で繰り返される思考は、やがて心の傾向となり、行動へとつながっていきます。

この節は、私たちの内側にある小さな動機や思いの種に目を向けることを促しています。どんな思いが自分の中に芽生えているのかに気づき、その方向性を整えていくこと。それが心を清らかに保ち、ヨーガの道を深めていくための大切な姿勢であると教えています。

現代視点での解釈

第2章34節は、「行為」だけでなく、その裏にある“思い”や“態度”も心に影響を与えるということを教えています。自分が直接しなくても、人にさせたり、心の中で肯定したりするだけでも、その影響は自分の内側に残ると説かれています。

現代の生活にたとえるなら、たとえばSNSで誰かを強く批判する投稿を見たとき。それに自分は何も書き込まなかったとしても、「わかる」「確かにひどいよね」と心の中で同調していると、その攻撃的な感情は自分の中にも広がっていきます。また、ちょっとした嘘やごまかしも、「これくらい大丈夫」と自分の中で正当化しているうちに、だんだんと心の基準がゆるんでいきます。

怒りや欲望から生まれた思いは、最初は小さくても、繰り返すうちに心のクセになっていきます。そしてそのクセが、やがて言葉や行動として表に出てくるのです。

この節が伝えているのは、「まだ行動していないから大丈夫」ではなく、「どんな思いを自分の中で育てているか」に目を向けることの大切さです。心の中で何を肯定し、何を手放すのか。その小さな選択の積み重ねが、自分の心の質をつくっていきます。ヨーガは、外側の行動だけでなく、内側の動機から整えていく生き方なのだと教えてくれているのです。

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