ヨーガ・スートラ第2章31節|普遍的な倫理としてのヤマ

この記事の内容について

このブログでは、ヨーガ哲学の古典『ヨーガ・スートラ』を、一節ずつ丁寧に読み解きながら解説しています。
原典の考え方を大切にしつつ、現代の心のあり方や日常生活と照らし合わせ、その意味を考察しています。

ヨーガをポーズだけでなく、心の仕組みや生き方の智慧として理解することを目的に綴っています。
今回の記事も、その流れの中の一節についての考察です。

ヨーガ・スートラ第2章31節

『これらの禁戒が身分、場所、時、祭祀の習慣によって制限されず、あらゆる条件下において守られる時大警戒と呼ばれる』

解説

第2章31節では、前の節で示されたヤマ(非暴力・真実・不盗・節制・不貪)が、特定の状況に限られた教えではなく、すべての人にとって普遍的な実践であると説かれています。

これらの教えは、場所や時代、立場や環境によって変わるものではありません。自分に都合の良いときだけ守るものでもなく、どのような状況においても大切にすべき生き方の指針とされています。そのためヤマは「大いなる誓い」とも呼ばれ、ヨーガの土台としてとても重要な位置づけがなされています。

心を整えようとする前に、まず日々の行動や態度を整えること。その積み重ねが、心の安定と深い実践を支える基盤になります。この節は、ヨーガが特別な場だけで行うものではなく、日常生活のあらゆる場面において実践されるべき生き方であることを示しています。

現代視点での解釈

第2章31節は、前の節で示された五つのヤマが「いつでも・どこでも・誰にとっても大切な姿勢」であることを伝えています。状況によって変えていいルールではなく、生き方の土台になる心がけだという意味です。

現代の生活にたとえるなら、「その場だけ取り繕うマナー」ではなく、「その人の人柄そのもの」のようなものです。たとえば、職場では丁寧なのに家では攻撃的になる、表では誠実でも見えないところでは不誠実、というのでは心はどこか落ち着きません。人に見られているかどうかに関係なく、同じ姿勢でいられるとき、心の中にもブレが少なくなります。

非暴力や誠実さ、欲張りすぎない姿勢などを、特別な場面だけでなく日常の中で大切にしていくこと。それは他人のためというより、自分の心を穏やかに保つための選択でもあります。言動に一貫性があるほど、心は静まりやすくなります。

この節が伝えているのは、ヨーガはマットの上だけの実践ではなく、生き方そのものにあらわれるものだということ。日常のすべての場面が、心を整えるための実践の場になっていくのです。

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