ヨーガ・スートラ第2章35節|非暴力が生む平和

この記事の内容について

このブログでは、ヨーガ哲学の古典『ヨーガ・スートラ』を、一節ずつ丁寧に読み解きながら解説しています。
原典の考え方を大切にしつつ、現代の心のあり方や日常生活と照らし合わせ、その意味を考察しています。

ヨーガをポーズだけでなく、心の仕組みや生き方の智慧として理解することを目的に綴っています。
今回の記事も、その流れの中の一節についての考察です。

ヨーガ・スートラ第2章35節

『非暴力に徹していると総ての生物が敵意を捨てる』

解説

第2章35節では、非暴力(アヒンサー)が確立されたときに起こる変化について語られています。心の中から本当に暴力の意図が消えたとき、その人の周りでは自然と争いが静まると説かれています。

ここでいう非暴力は、単に人を傷つけないという表面的な意味だけではありません。言葉や態度、心の中の思いにおいても、攻撃や敵意を持たないという深い姿勢を指しています。外側で優しく振る舞っていても、内側に怒りや対立心が強く残っていれば、本当の意味で非暴力が確立されているとは言えません。

心から暴力性が取り除かれたとき、その人の存在そのものが穏やかな影響を周囲に与えます。無理に争いを止めようとしなくても、その場の緊張がやわらぎ、人々の心も自然と落ち着いていくのです。

この節は、非暴力が単なる道徳ではなく、心の深い浄化の結果として現れる力であることを示しています。自分の内側にある小さな攻撃性に気づき、それを手放していくこと。その積み重ねが、やがて周囲にも平和をもたらす存在へとつながっていくのだと教えています。

現代視点での解釈

第2章35節は、非暴力(アヒンサー)が本当に身についたとき、その人のまわりから自然と争いが減っていく、と伝えています。これは「強く主張して抑え込む」ということではなく、その人の在り方そのものが場の空気を変えていく、という意味です。

現代の生活にたとえるなら、いつも穏やかで人の話を丁寧に聞く人のそばでは、不思議と大きな口論が起こりにくい、というような感覚に近いかもしれません。誰かが感情的になっても、その人が落ち着いて受け止めていると、周りもだんだん冷静さを取り戻していきます。逆に、強い怒りや攻撃的な態度が場にあると、それはすぐに広がってしまいます。

非暴力とは、ただ「手を出さない」ということではなく、心の中の小さな敵意や対立心にも気づき、それを育てないこと。自分の中の攻撃性が静まると、自然とまわりとの関係もやわらいでいきます。

この節が教えているのは、平和は外側から無理につくるものではなく、自分の心の質から始まるということ。自分の内側が穏やかであるほど、その静けさは周囲にも伝わっていくのです。

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