ヨーガ・スートラ第2章37節|不盗がもたらす豊かさ

この記事の内容について

このブログでは、ヨーガ哲学の古典『ヨーガ・スートラ』を、一節ずつ丁寧に読み解きながら解説しています。
原典の考え方を大切にしつつ、現代の心のあり方や日常生活と照らし合わせ、その意味を考察しています。

ヨーガをポーズだけでなく、心の仕組みや生き方の智慧として理解することを目的に綴っています。
今回の記事も、その流れの中の一節についての考察です。

ヨーガ・スートラ第2章37節

『不盗に徹していると、あらゆる種類の財宝がその行者の前に集まっている』

解説

第2章37節では、「不盗(アステーヤ)」が確立されたとき、その人のもとに自然とあらゆる宝が集まる、と説かれています。

ここでいう不盗とは、物を盗まないという表面的な意味だけではありません。他人の時間や労力、評価、機会など、自分のものではないものを奪おうとしない姿勢を含んでいます。また、必要以上に求めたり、他人の成果を自分のもののように扱ったりしないことも、不盗の実践に含まれます。

心に「奪う」という意図がなくなったとき、人は不足感や焦りから解放されます。自分に与えられているものを大切にし、正当な努力によって得るという姿勢が確立されると、信頼が生まれます。その信頼こそが、人生における本当の豊かさを引き寄せるのだと伝えられています。

この節は、外側の宝を求める前に、内側の誠実さを整えることの大切さを示しています。奪わないという選択は、心を澄ませ、自分本来の価値を輝かせる道でもあるのです。

現代視点での解釈

第2章37節では、「不盗(アステーヤ)」がしっかりと身についたとき、その人のもとには自然と豊かさが集まる、と説かれています。

現代の生活に置きかえてみると、これはとても身近なテーマかもしれません。

たとえば、誰かの成功を見たときに、「どうやってあのポジションを取ろうか」「どうすれば自分が目立てるか」と奪う方向に意識が向くことがあります。あるいは、他人の時間を当然のように使ったり、評価や手柄を無意識に横取りしてしまうこともあるかもしれません。

けれど、不盗とは「奪わない」という姿勢を選ぶことです。人の成果を素直に認め、自分は自分の道を丁寧に歩む。他人の時間や労力を尊重し、自分にできることを誠実に積み重ねていく。そうした在り方を続けていると、周囲からの信頼が生まれます。

信頼は、目に見える宝以上の価値を持ちます。仕事のチャンス、人とのご縁、安心して任せてもらえる環境など、本当の意味での「豊かさ」は、奪うことではなく、誠実さの積み重ねから自然と巡ってくるものです。

この節は、外側のものを求める前に、まず内側の姿勢を整えることの大切さを教えてくれています。奪わないという選択は、結果として自分を豊かにする道でもあるのです。

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