このブログでは、ヨーガ哲学の古典『ヨーガ・スートラ』を、一節ずつ丁寧に読み解きながら解説しています。
原典の考え方を大切にしつつ、現代の心のあり方や日常生活と照らし合わせ、その意味を考察しています。
ヨーガをポーズだけでなく、心の仕組みや生き方の智慧として理解することを目的に綴っています。
今回の記事も、その流れの中の一節についての考察です。
ヨーガ・スートラ第1章29節
『この修行により、意識は内に向くようになり、障害は無くなる』
解説
「この修行により、意識(チュータナ)は内に向くようになり、障害(アンタラーヤ)は無くなる」
と説かれています。つまり、前回解説したジャパ瞑想を実践することで、意識は外の世界から内側へと向かい、真実の理解を妨げていた障害が次第に取り除かれていく、ということです。
第29節では、聖音アウンを用いた実践を続けた先に、心にどのような変化が起こるのかが語られています。
マントラを繰り返し唱え、その意味に心を向け続けることで、私たちの意識は外の刺激や雑念から距離を取り、自然と内側へと集中していきます。
この「内に向く」という状態は、単に静かになることではありません。
自分の内側にある、すべての生きものに共通する命の源や意識の土台に気づいていく方向へ、心が整っていくことを意味しています。外側の出来事や評価に振り回されていた意識が、次第に本質へと向かうのです。
そしてこの過程で、真実の理解を妨げていた障害(アンタラーヤ)が薄れていきます。
障害とは、集中を乱す不安や迷い、怠け、疑い、落ち着かなさなど、心を散らし内面から遠ざける要因のことです。
意識が一つに定まり、内側へと向かう力が育つことで、これらの障害は自然と力を失っていきます。
第29節が伝えているのは、
瞑想によって特別な体験を得ることが目的なのではなく、真実を理解するための妨げが取り除かれていくこと自体が、大きな変化であるという視点です。
心が整い、意識が澄んでいくことで、物事をありのままに見る力が育っていきます。
ジャパ瞑想は、意識を内側へ導き、心のノイズを静め、本質的な理解へと向かうための確かな道です。
第29節は、その実践がもたらす内面的な変化と、ヨーガの道が少しずつ開かれていく過程を、示している一節だといえます。
現代視点での解釈
第29節では、前の節で述べられた実践(音を用いた瞑想や集中)を続けていくことで、
意識が外へ散らばりにくくなり、内側へ自然と向かうようになること、
そして、心の静けさを妨げていた障害が少しずつ弱まっていくことが示されています。
現代的に例えるなら、
頭の中が常に忙しく、考えごとが止まらない状態から、
「今やっていることだけに集中できる時間が増えていく」感覚に近いかもしれません。
たとえば、最初は皿洗いをしながら仕事のことや先の予定を考えてしまっていたのが、
続けて意識を向ける練習をしているうちに、
水の温度や音、手の動きに自然と注意が向かうようになります。
このとき、無理に考えを止めようとしているわけではありません。
ただ、意識が「外の刺激や思考の連鎖」から離れ、
内側の静かな感覚に戻りやすくなっているのです。
第29節が伝えているのは、
集中や瞑想の練習を重ねることで、
・心が一点にまとまり
・余計な反応や迷いが減り
・本質を理解する妨げが少なくなっていく
という、心の変化のプロセスです。
