ヨーガ・スートラ第1章5・6節|苦悩を生む考えと生まない考え・心のはたらきの五つの種類

この記事の内容について

このブログでは、ヨーガ哲学の古典『ヨーガ・スートラ』を、一節ずつ丁寧に読み解きながら解説しています。
原典の考え方を大切にしつつ、現代の心のあり方や日常生活と照らし合わせ、その意味を考察しています。

ヨーガをポーズだけでなく、心の仕組みや生き方の智慧として理解することを目的に綴っています。
今回の記事も、その流れの中の一節についての考察です。

ヨーガ・スートラ第1章5節

『心素の働きには5つの種類があり、それらには5つの種類があり、それらには煩悩性のものと非煩悩性のものとがある』

ヨーガ・スートラ第1章6節

『5種の心素の働きとは、正しい知識、誤った知識、妄想、睡眠、それに記憶である』

解説

ヨーガでは”考え(ヴルッティ)”は5種類あり大きく2つに分かれます。
それは煩悩性のもの(苦になる考え:クリシュタ)と非煩悩性のもの(苦にならない考え:アクリシュタ)といいます。

煩悩性のもの(苦になる考え:クリシュタ)
とは混乱、惑い、迷い、悩み、恐れ、嫉妬し、憎む、執着などの考え方です

非煩悩性のもの(苦にならない考え:アクリシュタ)
とは、正しい理解や智慧、どんな出来事の中にも心の静けさを保っている考え方

またこれらの”考え”である心素の働きは5種類に分けられます。

プラマーナ(正しい知識、知覚、認識)
→事実に基づいた正確な理解
→アクリシュタ

ヴィパルヤヤ(誤った知識、間違い)
→現実とは違う誤解や錯覚
→クリシュタ

ヴィカルパ(想像、迷い、妄想、不確かな情報に迷う)
→実体のない空想、推測、イメージ
→クリシュタ

ニッドラー(睡眠、眠り)
→眠りも心の働きの一つ
→考えの機能が動いていない状態を表す
→アクリシュタ

・スムルティ(記憶)
→過去の経験の蓄積
→アクリシュタ

現代視点での解釈

ヨーガ・スートラ第5節では、心に起こる考えには「苦悩を生むもの」と「苦悩を生まないもの」の二種類があると説かれています。
すべての考えが悪いわけではなく、どの考えに無自覚に巻き込まれているかが、心の苦しさを左右するという視点です。

第6節では、その心のはたらきが具体的に五つの種類に分けられています。
正しく理解している考え、勘違いや思い込み、言葉から広がる想像、眠りの状態、そして記憶。
私たちの心は、日常の中でこれらを絶えず行き来しています。

たとえば、仕事や人間関係の中で
「相手の言葉を正しく理解して冷静に対応できたとき」は、苦悩につながりにくい考えです。
一方で、「きっとこう思われているに違いない」と想像をふくらませたり、過去の失敗を何度も思い出して落ち込んだりすると、同じ状況でも心は苦しくなります。

ここで大切なのは、どの種類の心の動きがいま起きているのかに気づくことです。
「これは事実を確認した理解なのか、それとも想像や記憶に引きずられているだけなのか」と一歩引いて見られるようになると、心は少しずつ落ち着いていきます。

5節と6節は、
「考えをなくそう」とするのではなく、
考えの性質を知り、見分ける力を育てることがヨーガである
という、とても現実的な視点を私たちに教えてくれているといえるでしょう。

感想


現代ではポジティブな考え方とかネガティブな考え方などと
言葉にすることをよく聞きますがヨーガの聖典では

苦悩になる考えと苦悩にならない考えという表現で
それを細分化していて面白い

プラマーナは現代に例えると、目の前に自転車に乗っている人がいたら
「自転車に乗っている人がいるな」とありのままのことを認識、理解する

ヴィパリヤヤは例えば、挨拶をしない人がいたら「あの人は私のことが嫌いなんだわ。昨日何かしたかな。」
と自分なりの理解で勘違いしたり、キラキラしたSNSをみて「みんな幸せそう。私はなんで惨めなんだろう」などと誤解や錯覚をする

ヴィカルパは例えば、何か人前で話す時に「もし失敗したらどうしよう」「上手くいくはずがない」などと未来への不安や間違った想像を膨らませてしまう

ニッドラーは上手く働けば、目覚めたまま静まるヨーガでの良い状態になるが、上手く働かないと無意識のままダラダラ過ごし怠惰な人生になってしまう

スムルティは上手く働けば、成功体験や智慧を生かすことができる。上手く働かないと、過去の悪いことを思い出し、今ここに集中し、今を生きることが難しくなる
瞑想は記憶の中に溺れず、今ここに戻る練習でもある

もう少しこの5種類の考えを細かく紐解いていこうと思います


おもしろい!

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