このブログでは、ヨーガ哲学の古典『ヨーガ・スートラ』を、一節ずつ丁寧に読み解きながら解説しています。
原典の考え方を大切にしつつ、現代の心のあり方や日常生活と照らし合わせ、その意味を考察しています。
ヨーガをポーズだけでなく、心の仕組みや生き方の智慧として理解することを目的に綴っています。
今回の記事も、その流れの中の一節についての考察です。
ヨーガ・スートラ第1章10節
『睡眠とは、その内にいかなる内容をも持たぬ心素の働きのことである』
解説
パタンジャリさんはヴルッティ(考え)はプラマーヤ(知覚)、ヴィパルヤヤ(間違い)、ウィカルパ(想像)、ニッドラー(眠り)、スムルティ(記憶)の5種類あると説いていて、
今日はそのうちのニドラー(眠り)を詳しく復習していきます!
ここでいう眠りは、私たちが日常で感じる
“ただの睡眠”とは少し違い、
「心が何も映していない静けさそのもの」
として説かれています。
「睡眠とは、その内にいかなる内容も
持たない心の働きである」とあります。
つまり、知覚・考え・意思・表現・夢でさえも現れず、心にまったく映像が映っていない
“真っ暗な静寂” の状態を指します。
眠っているあいだ、私たちの心は何かを考えることも、感じることも、イメージすることもなく、まるで何も映っていないスクリーンのように静まり返っています。この状態は、ヨーガでいう タマス(重く鈍い質) に覆われている心の動きとして説明されます。
とはいえ、眠っているあいだに私たちの存在が消えてしまうわけではありません。
朝目覚めたときに「よく眠れたな」と感じられるのは、眠っている最中にも“自分”が確かにいた証です。
記憶も映像も残っていないのに、「眠っていた」という経験そのものはしっかりと刻まれているのです。
ヨーガでは、こうした深い眠りのことを
苦悩を生まない心の働きと捉えます。
なぜなら、深い眠りのあいだ、私たちは外の役割、肩書き、人間関係、悩みから完全に離れ、
ただ「自分そのもの」に戻っているから。
ただ存在しているだけで満たされている。
その感覚こそが、本来の私たちが持っている
静かな幸せだということです。
この教えは、“本当の自分(意識の源)は、
もともと満ち足りている”というウパニシャッド哲学にもつながっています。
また、ニドラーを理解すると、瞑想との違いがより明確になります。
瞑想は「意識があるまま静かになる」のに対して、
ニドラーは「意識がほとんど働かず静まっている」状態。
どちらも心を休める大切な時間ですが、瞑想は目覚めた状態の静けさ、ニドラーは眠りの中にある静けさとして区別されます。
深い眠りの仕組みを知ることは、
単なる睡眠を超えて、心が本質へ戻るとはどういうことかを理解する大きなヒントになります。
現代視点での解釈
ヨーガ・スートラ第10節では、「眠り(ニドラー)」も心のはたらきの一つだと説かれています。
ここでいう眠りは、ただ体が休んでいる状態というよりも、心が何も対象を映していない状態のことを指しています。
たとえば、夜ぐっすり眠った朝に
「特別な夢は覚えていないけれど、よく眠れたな」
と感じることがあります。
その間、考えや感情、記憶は表に出ていませんが、眠っていたという感覚だけははっきり残っています。
この例えが示しているのは、
眠っている間に「自分」が消えているわけではない、ということです。
心は何も考えていなくても、存在そのものは静かに在り続けている。
第10節は、その状態もまた心の一つの働きとして捉えています。
ヨーガでは、眠りは苦悩を直接生み出すものではないと考えます。
なぜなら、眠っている間、私たちは役割や評価、不安や心配から一時的に解放されているからです。
深い眠りの中では、誰もが自然と心の緊張を手放しています。
第10節が伝えているのは、
心が完全に何かを映していない状態が存在するという事実です。
これは、瞑想や心の静けさを理解するうえでの、大切なヒントにもなります。
感想
私たちは毎日、あれもこれもと考えることが多く、
気づけばマルチタスクに追われながらバタバタと1日を過ごしてしまうこともあるかと思います。
また、体はさほど動かしていなくても脳内であらゆることを考え疲労してることもあります。
でも、ニドラーが示すのは、熟睡しているときのように、感情や思考に振り回されない静けさ。
心が何も抱えず、ただ「ここに自分がいる」という感覚だけが残っているような、あの深い安心感です。
「よく眠れたな」と感じるあの感覚が、本来の自分が持つ静かな存在そのものだということ。
その静けさに近づくために、
ヨーガの呼吸法や瞑想、アーサナ(ポーズ)が手助けになります。
日々の中に少しでも取り入れることで、
心のざわめきが整い、本来の自分に戻る時間をつくることができます。
忙しい毎日の中で、こんなふうに“何もしない静けさ”を感じる時間こそ、実はとても大切なんだなと改めて感じました。
次回は最後のスムルティ(記憶)を解説していきます!
